私とシモン芋との出会いとは?

私とシモン芋の出会い
シモン芋との写真
福岡県飯塚市の大分に広がる一面の田んぼ。
その真ん中に、お世辞にも大きいとは言えない芋畑があります。

そこで、私はシモン芋の栽培を行っています。
シモン芋の栽培に携わることを決めたのは8年前。
当時は、お菓子やパン等を生産するための機械の技術者だった私は、仕事上どうしても甘いお菓子やパン等の試食を余儀なくされていたため、体重は約80キロ、医者からは糖尿病と診断され、入院もしました。

「健康」「身体に良い」という言葉に敏感になっていた時、毎日の生活に運動を取り入れつつ、ありとあらゆる健康食品を試しました。
そんな時に出会ったのがシモン芋です。
シモン芋を紹介してくれたのは、今は亡き某菓子屋の会長。

92歳になるまで現役で菓子屋をしていた会長が、「シモン芋は健康にすごくいいよ」と教えてくれました。

始めは、「芋のお茶なんて本当に身体にいいんだろうか?ブラジル産の芋なんて、一体どんな効果があるんだろう?」と半信半疑ではありましたが、一先ず試してみることに。
すると、すぐに毎日のお通じが改善され、身体が疲れにくくなったのを実感しました。

また、冬になると乾燥による肌のかゆみがひどく、毎晩布団の中でかきむしっていましたが、シモン芋の蔓のエッセンスを入れたお風呂に入り続けると、肌がしっとりし、乾燥肌もなくなったのです。
自分自身でシモン芋の良さを実感した私は、最初に紹介してくれた菓子屋の会長にさっそく報告しました。すると会長は、「あなたみたいに、高血圧や便秘で困っている人は沢山いる。シモン芋を栽培して人の役に立ちなさい」と私に言いました。
そして、シモン芋の栽培を決意したのです。
失敗のばかりの8年間
私は元々機械の技術者だった(今も修理などは現役で行っています)ので、畑仕事なんてやったことありませんでした。ましてや特殊なシモン芋の栽培なんて、一体どこからどうやって始めれば良いのでしょう。何もかもが初めての経験で、失敗の連続でした。
まずはシモン芋の苗を買って、自宅の庭にある畑に植えてみましたが、1年目はほとんど芋にならず、失敗。
2年目は、自分で苗床を作り、1年目の僅かな種芋を植えてみたところ、芋が出来ました。
3年目は、2年目で出来た芋を種芋にして植えてみましたが、これが大失敗。1つも芋が出来ませんでした。
その後、苗を格安で買い取れる所を見つけ、そこから大量に買い取り、植えてみるとやっと思い通りの量の芋を栽培することに成功しました。この時の芋は、この後の芋栽培の自信につながりました。
5年目は、バイオテクノロジーで作った苗を使ってみたところ、全て枯らしてしまいました。成功したり、失敗したり… 芋栽培の大変さ・難しさを感じずにはいられませんでした。
6年目、再び普通の苗を買い取り、栽培すると、やっと願っていたとおりの量の芋が出来ました。芋栽培がやっと波に乗ってきたと感じ、この調子でどんどん商品化していくぞ!と意気込んでいました。
しかし、管理の仕方が悪く、出来上がった芋の8割を腐らせてしまいました。山あり谷ありです。
その残った2割の芋で出来上がったのが、「飲っちょるな 喜三郎」です。味は期待以上のものが出来上がりました。少ない芋でしたので、出来上がった焼酎の本数もごく僅かではありましたが、お客様からも「とても美味しい」と好評で、すぐに完売してしまいました。私は芋を作るのに精一杯なので、東京に住んでいて、歌手をやっている息子や、海外に行ったり来たりの放浪娘、そして親戚一同に助けてもらいながら、シモン芋の焼酎・お茶・風呂用蔓の販売を始めました。
7年目、今度はビニールハウスを庭に作りバイオ苗を植え、畑の排水システムを強化させ、7年間の失敗の中で学んだ土作りを活かし、ついに大きなシモン芋の栽培に成功しました。
シモン芋に駆ける願い
ここまで諦めずに続けたのは、シモン芋の良さに確信を持っていること、そしてそのシモン芋の良さを、同じように健康になりたいと願っているたくさんの方にも実感して頂きたいという思いを持ち続けているからです。
健康でいられること程、幸せなことはありません。
身体の調子が良いと、もっと沢山のことに挑戦したくなります。これから先に出来ること・したいことを考えたくなります。
シモン芋を通して、より多くの方に楽しい人生を歩んでいただきたい、そのお手伝いをしたい、というのが私の願いです。

茜酒販事業部代表 藤中準一

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